2026/06/25 09:09

梅雨の真っただ中のこの季節、今日も外はしとしとと雨が降っています。

ビジネスでも日常会話でも、雨の日に決まって使われる定番の挨拶がありますよね。
「本日は、足元が悪い中お越しいただき……」という、あのフレーズです。

しかし、私はあの言葉を耳にするたび、頭の片隅で少しだけ違和感を覚えていました。「確かに服が濡れるのは煩わしいけれど、今の道ってそこまで『悪い』だろうか?」と。

現代の街を見渡せば、道路のほとんどは綺麗にアスファルトで舗装されています。靴の防水性能や撥水テクノロジーは格段に向上し、最近では街中で長靴を履いている人すらめったに見かけなくなりました。ソールの防滑(すべり止め)技術も素晴らしく、雨の日にツルッと派手に転んでいる人を見ることもほとんどありません。

不快感も危険も最小限に抑えられた現代において、それでも私たちは、常套句として「足元が悪い」と言い続けている。

なぜだろうと少し想像してみれば、答えはそう遠くない過去にありました。

ほんの数十年前まで、日本の道路の多くはまだ土や砂利の未舗装路でした。さらに時代を遡り、この「足元が悪い」という表現が広く定着したとされる江戸時代を想像してみると、情景はさらに鮮明になります。

当時の道は、自然のままの土。そして人々の履物は、下駄や草履、草鞋(わらじ)といった伝統的なものでした。
雨が降れば、街道はたちまち深いぬかるみと化します。一歩歩くたびに泥が跳ね、足裏は冷え、草鞋は水分を吸って重くなる。言葉通り、文字通りの「悪路」です。

当時、宿場町の旅籠(はたご)やお店の主人は、悪天候のなかを何キロも歩いてやってきたお客さんを、どんな想いで迎えたでしょうか。
きっと、どろどろに汚れた相手の「足元」が実際に目に入り、その過酷な道中を心から思いやって、「本当に足元が悪い中、よくぞ無事にお越しくださいました」と、素直な労いの気持ちを言葉にしたはずです。

当時の人々にとって「足元」とは、挨拶の定型句ではなく、今まさに目の前にある生々しい現実そのものでした。

「足元」にまつわる有名な言い回しといえば、もうひとつ「足元を見る」がありますよね。
相手の弱みにつけ込むという意味で使われますが、これも江戸時代の街道筋が発祥とされています。

当時の駕籠(かご)かきや馬方が、旅人の「足元」をじっと観察した。草鞋がどれくらい擦り切れているか、足がどれほど泥で汚れているか。そこから相手の疲労度を見抜き、「この客はもう限界だから、多少高い運賃をふっかけても駕籠に乗るだろう」と、ふっかけたことが由来だと言われています。

現代では、タクシーの運転手がお客さんのソールの減り具合を見て運賃を変えることはありません(せいぜい、靴屋さんが足元を見て高価なハイテクシューズをお勧めしてくるくらいでしょうか)。

冗談はさておき、こうして歴史を紐解いてみると、昔の人たちがいかに「他人の足元、そして自分の足元」を凝視し、そこから体調や、歩んできた道のりの険しさを鋭く感じ取っていたかが分かります。

時代は変わり、私たちが歩く環境も、履くものも劇的に進化しました。
雨の日でも滑らない、濡れない、疲れない。
今後さらに靴が進化して、雨の中を歩く不快感が完全にゼロになれば、実態とかけ離れてしまった「足元が悪い中」という美しい表現は、そのうち歴史の彼方へ消えていくのかもしれません。

ただの「天気が悪い中」という表現に変わり、言葉が消えていく。
それは私たちの暮らしが豊かになった証拠であり、喜ばしいことのようにも思えます。

しかし、「足」という生き物としての観点から見たとき、これは果たして手放しで喜んでいいことなのでしょうか。

ぬかるみに足をとられないように、足指をぐっと広げて地面を掴む。
滑りやすい坂道でバランスを崩さないように、足裏の感覚センサーをフル稼働させて重心をコントロールする。
かつて「足元が悪かった」時代、私たちの祖先は、歩くたびに足裏や足首の微細な筋肉をフル活用し、自然と足を鍛え上げていました。

現代の「良すぎる足元(平らなアスファルト)」と「完璧すぎる靴」は、その素晴らしいトレーニングの機会を、私たちの日常から完全に奪い去ってしまいました。使われなくなった足裏の感覚センサーやインナーマッスルは、過保護な環境の中で、今や深い眠りについています。

私たちは、環境の快適さと引き換えに、自分の足が本来持っていた「生き物としての強さ」を失いつつあるのかもしれない。そう考えると、少し危機感を覚えずにはいられません。

だからこそ、私たちは提案したいのです。
たまには、あえて「足元を悪く」してみませんか、と。

もちろん、泥道の街道を草鞋で歩けというわけではありません。
週末、あえてクッションの入っていないミニマルな靴で土や芝生の上を歩いて、地面の凹凸をダイレクトに感じてみる。家の中ではスリッパを脱いで、素足でフローリングや畳の感触を味わいながら、足指を動かしてみる。

環境をあえて少しだけ不自由にして、外側のサポートを外してあげる。
それだけで、あなたの足の裏に眠る無数のセンサーは目を覚まし、100年歩き続けるための健やかな力を取り戻し始めます。

便利で快適な現代だからこそ、意味を持たない常套句になりつつある「足元」という言葉に今一度、意識を向けてみる。

あなた自身の足元は、今日、ちゃんと自分の力で地面を感じていますか?



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(@revinos_japan)